2000年日本JC 寺田委員長との出合い ②
東京へ向かう新幹線の中でいろいろ考えた。
委員会が具体的に活動する場合、有名な保守系知識人を募り、提言書なり講演会なりを全国8万人(当時)のJCマンに発信していくという方法が考えられるかなと思っていた。
日本JCがこのような委員会をつくったのだから、総意としての覚悟はあるのだろうとか。
どこまで教科書問題に関わるのだろう。採択まで関わって行くのだろうかと。
不安な材料としては、委員長はどんな人か、うまくやっていけるか、この委員会を引き受けるような人だからきっと強面じゃないかと心配していた。
以前親しくしていたこともあったK先輩(旧久居JC)のセクレタリーとして、東海地区に出向した経験があった。彼は委員長として出向したが、その委員会を人間関係で失敗し、最後には副委員長達の協力を得られなくなった。また、K先輩はその昔、夜行バスで日本JCに出向していて、出向先で見くびられたことがあったという。そのような失敗談を憶えていたので、今回教訓にして何かと気を配った。
※このブログは、同年代の故寺田委員長の面影と、当時の私達を記憶に頼りながらほぼ実名で書くものである。当時副委員長の武藤君(東京JC)は、提言書が完成しようとする2000年初夏の頃、”今までいろんな委員会に出たが、こんな委員会は初めてだ!”と言い放った。青年経営者達の社交界の場ではなかったと言うことだろう。この委員会は、かなり熱かったし、いろんな意味で異様だった。7月後半に行われる横浜サマコンに発表するぎりぎりまで、執筆には各自の名誉をかけてもいたのではないだろうか。
17年前と今とでは、歴史認識はかなり変わっている。提言書の受け取り方も当時と今では随分変わっているはずだ。例えば2000年当時、台湾がとても親日であることを知っている人はかなり少なかったが、今では多くの人が知っている。居丈高な中国の歴史認識の押しつけにも、近年ではほとんどの日本人が疑いの目を持つようになっている。いわゆる従軍慰安婦強制連行説のきっかけになった吉田清治氏の証言記事にも、2014年8月に朝日新聞が誤報を認めた。
故寺田委員長が一年間全霊をかけ、30名弱の委員達が同じように頑張っていた一年が確かにあったことを、生きた証を、遺しておきたい。まだ若くして人生を遂げた友人の死を受けてそう決心した。
ただ、細かな間違いがあるだろう。これを読んだ同じ委員会の人で、訂正箇所があれば連絡が欲しい。
当日のJC会館は、新年度に胸を弾ませる青年達で一杯だった。不謹慎なことも取りざたされていたが・・・
新しい教科書づくり委員会の会議室で、寺田委員長・4名の副委員長、事務局である幹事達(橿原JC)と名刺交換しながら挨拶した。(午後から会議は開かれ、懇親会を経、翌日の午前に終了する。)
委員長は、幾分小柄で、背筋がピンと伸び、私より年上に見えた。理事長・以上の経験者が日本JCの委員長になれる。さすがに、所作や声には人を引きつける力があった。
強面ではなく、勘の鋭さと優しそうな人柄を両面覗かせていた。少し安心した。
・・・が!。
会議休憩の時、
「この委員会に全国から問い合わせがあったのは、二人だけでした。
高鳥君と、あなただけです。いったいどんな怖い人が来るのかとずっと心配していました。」
そう言いながら、筆頭幹事の奥田君と笑っていた。ほっとした様子だった。
告白しよう。私こそ!と、苦笑いした事を。
彼はそう言いながらも、会議中や移動、懇親会の席で間違いなく高鳥君と私を観察していた。
その席に、OBの横田先輩が委員会のコーディネーターとして参加されている。日本JCに初めて出向する私にはそれが普通のことなのかよく分からなかった。
たしか少し遅れてきた女性がいた。T女史。ギャザースカートに網タイツ姿。少し男好きを感じさせる人目を引く女性だった。
彼女はその日の懇親会以来顔を出さなかった。その後、官僚との不倫・痴情のもつれで週刊誌やワイドショーを賑やかにさせていた。
告白しよう。密かに、安堵している自分がいたことを。
2日目の議題だったか。寺田委員長から提言書の作成を我々で行う可能性がある事を知らされた。
私は反対した。慣れない素人が出しゃばって、間違ったことを書けばどうするのかと。
終わり近くに、もう一つ気になることを委員長は発言された。
「一気に採択の運動に展開する事があるかもしれない」と。
その顔は不安な表情で、困っている風に受け取れた。
一瞬喜んだが、どうやらこの委員会で教科書問題に先行し詳しいのは高鳥君と私の二人のみ。(後に加わる風間君で三人だけの様子。) 委員会全体の雰囲気として、教科書の何をするのかまったく浸透していないかもしれないと感じていた。
そうなると、いきなり採択への運動など、日本JC全体の総意としても難しいのではないかと危惧した。
思い当たる事があった。
小林よしのり氏の「新・ゴーマニズム宣言」の誌面の中で、教科書問題に新たな動きで協力してくれる人が居て、その人から丁重な手紙をもらったとあり、水面下で行動していくと暗示されていた。
来年の京都会議第一日目の討論会パネラーに、渡部昇一氏(故人)・金美齢女史、小林よしのり氏三名が決まっている。直前会頭の松山氏(現自民党参議院)は、小林氏とは故意の様子。
そして、アドバイザーであるOBの横田氏は、会議の中で運動への理解を求めてくる。
つくる会とよく似た委員会名であるはずだ。予想される全体図は、ほぼ間違いなさそうだとその日確信したのだ。
個人的には、まったく賛成である。
「新・ゴーマニズム宣言」と同時進行で、小林氏と共闘できるなら光栄なことで、誠に夢のようではないか。横田OB!
翻って、目の前の寺田委員長の苦しさは手に取るように分かる。言葉の歯切れも悪い。・・・無理だ。
一人(松山氏)の強いリーダーシップで運動体へ変化させることなど、あまりにも無謀だ。土壌が出来ていない。
第一回会議終了後、二、三日経ったであろうか、当時まだメールに慣れていなかった私は、ある文章を寺田委員長にFAXで送った。
2000年久居JC基本資料に掲載した、委員会にかける私の抱負を載せた文章である。久居JCの先輩達や東海ブロック会長から反響があった例の文章だ。ただし今回掲載した文章は、当初の文章に、推敲を重ねて提言書に掲載された文章であるため、同じではない。
また、字数の制約がある中作成した文章だったため、改行箇所や見やすい空白が、私の場合ほとんど取れなかった。2002年に武田元介氏のHPにて公開されたインターネットへの読者からの声を元に、私が記述した箇所は今回出来るだけ見やすくした。
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現在小中学校で使われている歴史教科書は、悲惨きわまりない状況にあります。このようなひどい内容で、子供の教育は出来るのであろうかと心配でなりません。
教育とは、この国の未来を担う子供たちが固有の(外国には外国の)継承された知恵に触れ、人間として健やかで豊かに育ち幸せになってほしい、との願いを込めて教え育むものだと思います。
現行の教科書は、日本の歴史を暗黒にしか表現していません。たとえば文化が華やかに隆盛し、世界史の奇跡と呼ばれている平和な江戸時代をも、抑圧された暗黒史観で描くのです。近代においては、外国に対し永遠に謝罪しなければならない原因を作った惨憺たる時代だと、一方的にそればかり教えられるのです。
事実でない残虐な反日プロパガンダの挿し絵が、いったい子供にどういう影響を与えるのか計り知れません。
このような教育は、子供たちに必要の無い原罪(生まれる前からの罪)を背負わせ、自信喪失させ卑屈にしか育てることが出来ない。これは教育の在るべき姿ではなく、ある何かの犠牲と言っていいと思います。
本来人は輝かしい面と愚かな面を持つきわめて人間的な生き物です。歴史教育とは過去の史実に基づいた誇るべき光の部分と陰惨たる影の部分を同時に学び、今を知り未来に備える為のものだと思います。
闇の部分は操作してまで大きく取り上げ、光の部分はほとんど書かない。蒙古襲来は「侵攻」、秀吉の朝鮮出兵は「侵略」と書き分ける。初代総理大臣である伊藤博文の肖像も考えも載せないで、暗殺者の安重根(アンジュングン)の顔写真や祖国での英雄扱いを巻頭カラーグラビアの1ページを割いて印象づける教科書もあります。
その行き着くところはどこか? 平成11年度「センター試験日本史B」の問題に出された以下の問題を解いてみてください。
問10 写真ア~エの人物(植木枝盛・高野房太郎・市川房枝・小林多喜二)らがそれぞれの立場で展開した抑圧からの解放の運動は、1945年の敗戦を経て、様々な形で実を結んだ。日本を占領した連合国軍の最高司令官マッカーサーが発した「五大改革の指令」もその一つといえるが、「五大改革の指令」に含まれないものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。 [ ] ※下線は担当筆者加筆
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「天皇制」(マルキストの造語 後述)の廃止だけは残念ながら実を結ばなかったと言う認識がないと、この大学には合格できないのです。普通の感覚から見てどう思いますか? 答えを知っていてもこの出題のされ方だと、答えられないのではないでしょうか。
私には異常としか思えない。なお指摘されたせいか、2000年度入試では出されていませんが。
日本は悪いとしか教えない現行の教科書では、インドネシアの独立記念日に日本の軍歌がパレードで演奏されている理由や、多くの台湾人が「日本精神(ジップンチェンシン)」を誇りにして親日である事や、パラオ共和国の国旗がなぜ日の丸の旗に似ているのかが答えられないのです。偏った寸断された歴史教科書では、祖父母の真実も健全な誇りも体験できません。
思想が人を幸せにするのなら、いろいろ在っていいと思います。「目的実現のためなら手段を選ばない」になってしまったら、オウムと同じです。
私たちの健全な常識の価値観に照らした、バランスの良い理想的な世界標準の教科書が今必要なのです。
事実をねじ曲げないで伝えるだけで、子供たちは誇りを持つことが出来るのです。自分が誇りを知り体験することで、他の国の人の誇りを尊重することが出来るのです。このことは、いじめの問題も同じでしょう。
我々の委員会は、より良い教科書が多く使用されるよう運動していきます。今の子供達のために、出来うる事の最善を尽くしていきたいと考えています。
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挨拶文とこの文章に次のようなことを付け足した。”今はこの歴史教科書の現状を、子供を持つ人も多い全国のJCマンに、一人でも多く周知させることが重要で、それを機に個別にPTAの場やつくる会等に参加し、運動する人はそこで運動すれば良いのではないでしょうか”、というアドバイスを送った。
JCそのものが教科書運動に総意として賛同するには、数年の歳月が必要になろう。実際そうなった。
その日、寺田委員長から”FAXが届きました。読みます。”と連絡が入った。
次回は、京都会議の会場で委員会が開催される。